スキルセット マネジメント 番外編

良い当事者意識と悪い当事者意識

今回はいつもの書評と主旨を変えて、個人的にモヤモヤしていることをコラムとして書いてみます。

テーマは「当事者意識」です。


なぜこの記事を書こうと思ったのか?

一言でいうと「当事者意識が絶対的に正しいものなのか、疑問に感じたから」です。

以下、そう感じた理由を述べます。

そもそも当事者意識とは?

簡単にいうと「自分が関わる仕事を"自分事"として捉えること」です。

加えて、私が尊敬するビジネススクールの先生は次のように表現されています。

当事者意識とは、"今ここに、私しかいない"と強く思うこと」だと。

この定義、すごく心に響きますよね。私もこの定義が一番気に入っています。

世の中的には、当事者意識は良いものらしい

おそらく、「当事者意識を持った方がよいと思いますか?」と問うと、ほぼ100%の人は「Yes」と答えるはずです。

実際に「当事者意識 メリット」と調べると、記事や本が山ほど見つかります。

一方で「当事者意識 デメリット」と調べてみても、デメリットについて直接的に書かれた記事はほとんど見かけません。

このことからも、世論的にも「当事者意識は良いものである」と認知されていることがわかります。

見え隠れする当事者意識の「功罪」

しかし一方で、次のような光景を見かけるのも事実です。

  • 「自分がいないと仕事が回らない」と強い責任感を抱きながら、プライベートを犠牲にして働き続ける人たち
  • 当事者意識が強い人たちが各々勝手に主体的に動いてしまったがゆえに発生する、仕事の重複や不整合たち

実際に、当事者意識が強すぎるゆえに体調を崩している人も、少なからず存在していると思います。

そんな光景を、日曜劇場のドラマの感想の如く「自分を犠牲にしてでも頑張り抜いていて凄い」と捉えるのは簡単です。

…果たして、本当にそれでいいのでしょうか?

この記事を書くに至った問題意識

私は、次のように考えます。

  • 人や組織を活き活きとさせる当事者意識」はあった方がいい。積極的に作っていくべき。
  • 一方で「人や組織を疲弊させるような当事者意識」は間違っている。

しかし、この程度の認識だと、まだまだ当事者意識の解像度が荒すぎます。

…ということで、今回は当事者意識のマイナス面やデメリット、逆に上手く作用する条件について具体的に踏み込んでみたいと思います。

よろしかったら、是非この議論にお付き合いいただき、忌憚なく賛否両論投げかけてもらえると嬉しいです。

当事者意識の解像度を上げる「2本の補助線」

今回議論するのは、ビジネスの現場での当事者意識です。

ですので、「個人」の観点だけでなく「組織」の観点からも加えてみます。

そうすると、次の2本の補助線が浮かび上がってきます。

  • 自分から抱いた当事者意識なのか否か…個人の観点
  • 組織の統制が取れている中での当事者意識なのか否か…組織の観点

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以下、もう少し補足します。

補助線1:自分から抱いた当事者意識なのか否か

他人から持たされる当事者意識

私も何回か「もっと当事者意識を持て」と言われたことがあります。

  • 誰かがやってくれると思わず、自分から主体的に動きなさい
  • 仕事に関係するニュースに、もっとアンテナを張っておきなさい
  • 自分がやっていることにもっと責任を持ちなさい

…これらは、言い方は違えど、要約すると「もっと当事者意識を持て」と同義だと思います。

仕事を覚え始めるうちは、もちろん他人から持たされる当事者意識の存在も重要です。

「ああ、これが当事者意識を持つということか」と気づくきっかけにもなります。

一方で、他人から半ば強制された当事者意識だと、次のような感覚が芽生えてくることもあります。

  • 休日に仕事に必要な勉強をしていると、何だかプライベートの時間を犠牲にしている感覚がある
  • 休日なのに、来週の商談のことが気になって仕方がない

…こうした感覚は、強い当事者意識の表れだと思います。

しかし、この類の当事者意識があまりに強すぎると、思いつめてしまって精神が擦り減ってしまうなどのデメリットも孕んでいます。

自分から抱いた当事者意識

一方で、自分から抱いた当事者意識もあります。

「気づいたら勝手に芽生えていた」という声を聞くこともあります。

この状態だと、次のような感覚になるのではないでしょうか。

  • 休日に仕事に必要な勉強をしているけど、プライベートを犠牲にしている感覚は全くない。むしろ趣味くらい没頭できる
  • 来週のミーティングで何を話そうか、休日も楽しく妄想している

…こうした感覚も、強い当事者意識の表れですよね。

「自分で抱いたものか、他人から半ば強制的に持たされたものなのか」で、当事者意識の作用が大きく異なることがわかります。

補助線2:組織の統制が取れている中での当事者意識なのか否か

組織の統制が取れていない中での当事者意識

組織の統制が取れていない…これは次のような状態のことです。

  • 一人ひとりの役割や領域が曖昧
  • 情報が混沌orクローズになっていて、社員によって情報格差がある

こういった状態だと、当事者意識を持った社員たちが各々好き放題に動いてしまい、結果的に不効率が発生するなど、マイナスの効果が働きます。

組織の統制が取れている中での当事者意識

一方で、組織の統制が取れている状態は、次の通りです。

  • 一人ひとりの役割や領域がハッキリ定義されていて、メンテナンスされている
  • 情報が整理された状態でオープンになっている

こういった状態だと、社員一人一人が自分の領域内で当事者意識を発揮するので、組織全体でみても整合の取れたパフォーマンスが発揮されます。

当事者意識の4つの世界

ここまで見てきた2本の補助線を使うと、次の図のような4つの世界が透けて見えます。

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現実はここまで単純ではないにしろ、議論の分かりやすさや本質的なメカニズムを重視して、あえて説明を大袈裟に書いてみます。

①理不尽の沼

次の2点の条件を満たすと、理不尽の沼が発生します。

  • 統制が取れていない組織の中で…
  • 他人から持たされた当事者意識で働いている

この沼では、上司から「もっと当事者意識を持て」と叱咤激励が飛び交っています。

しかしながら、叱咤激励されたメンバーたちも、特に「これがやりたい」という想いを持っているわけではありません。

しかも、この理不尽の沼では、一人ひとりの役割や領域が明確に定義されていません。

そうすると、いくら叱咤激励されても、メンバーたちは「で、でも…一体何をすれば?」と慌てふためきながら思考停止しています。

メンバー思考停止して何もしないと、上司は「なぜ当事者意識を持たないんだ」とより一層ヒートアップします。

上司もまた、「当事者意識を持て」というばかりで、思考停止に陥っているわけです。

…と、少々大胆に表現しましたが、統制が取れていない中で、他人から半強制的に持たされた当事者意識で働く人々がいる組織では、上述のような「思考停止のループ」がグルグルと回っているのではないでしょうか。

②戦士たちの荒野

次の2点の条件を満たすと、戦士たちの荒野が発生します。

  • 統制が取れている組織の中で…
  • 他人から持たされた当事者意識で働いている

この荒野では、戦士や師団一つ一つの役割や担当領域が明確化されていて、強い命令で誰もが強い責任感を持って戦っています。

「当事者意識を持て」と日ごろから言われているため、どんなにやりたくないことでも、プライベートを犠牲にしてでも必死にキャッチアップします。

以上のような戦士たちの圧倒的努力がある中で統制された動きを維持できると、短期的にはどんどん成果を出すことができます。

しかし、戦士たちは「自分を犠牲にしてでも」という感覚を持ち続けているので、徐々に心身が擦り減っていきます。

やらされ仕事で「自分を犠牲にしている」という感覚がある以上、時間軸の違いはあれど戦士たちはいずれ疲弊してリタイアしてしまいます。

私も、前職のコンサル時代に、一時期こういった感覚に陥ったことがあります。

コールセンターシステムのリプレイスという、そこまで興味がなかったプロジェクトにアサインされたときの話です。

興味はないものの「クライアントファーストだ」という掛け声のもと、ガチガチに組まれたToDoリストをこなしながら、タクシー帰りを続けました。

休日も、システムの知見をキャッチアップするために「プライベートを犠牲にしてるな…」と感じつつも、睡眠時間を削りながら勉強しました。

結果的にプロジェクトは上手くいき、3ヶ月という短い期間でもあったので、何とか乗り切ることができました。

今でも、大きく力をつけることができた大変貴重な経験だったと思います。

しかし一方で、精神を病んでリタイアした人や、何度も体調を崩す人もいました。

…と、上述のような1つの経験だけを根拠に語るのは浅はかかもしれませんが、「統制が取れている中で、他人から持たされた当事者意識で働く」というものは長続きしないと考えます。

③混沌の動物園

次の2点の条件を満たすと、混沌の動物園が発生します。

  • 統制が取れていない組織の中で…
  • 自分から抱いた当事者意識で働いている

この組織では、基本的に誰もが活き活きと働いています。

一人ひとりが「自分はこれをやりたいんだ、これをやるべきだ」とスピーディーに自発的に動いていく、活気のある組織。

こういった組織では物事が進んでいくスピードが速いため、仕組み化やルール作りが追い付かない側面があります。

…しかし、この仕組み化やルール作りを怠ったまま、動物園の動物の数と種類が増えるとどうなるでしょうか?

動物ごとに価値観や生活スタイルは違うので、ライオンはライオンの縄張りを最適化しようとするでしょうし、キリンはキリンの縄張りを最適化しようと動くでしょう。

この動物園の例と100%同じとは言いませんが、役割を明確化しなかったり、情報を散らかしたままクローズにさせておくと、次のような事例が発生します。

例①
同じサービスを提供している東日本グループと西日本グループが、各々のルールでちぐはぐな値引きをしながら売ってしまう

例②
同じ営業部なのに、東日本グループと西日本グループとで、違う営業数字の見方をしている。東日本グループは「受注ベース」で数字を追っていて、西日本グループは「売上ベース」で数字を追っている

例③
営業本部長から「誰か全国のグループの数字をまとめて、私に教えて」と指示を出す。そうすると、東日本グループの人は「受注ベース」で全グループ分を集計し、西日本グループの人は「売上ベース」で全グループ分を集計する。

誰もが「善意」で主体的に、上述のように好き勝手に動いてしまうので、結果的に組織全体として次のような問題が生じます。

  • 同じようなことを、各々が違うやり方で創意工夫して進めてしまい、業務が複雑化したまま重複していって「業務のサグラダファミリア」が散在する
  • 一人ひとりの役割が明確でないため、各々が自分の関心が強い領域の仕事ばかりを進めてしまい、「三遊間を抜けるような漏れ」が発生する
  • 当事者意識が強く、いい意味でこだわりが強い人が多いので、組織全体で足並みを揃えようと標準化や仕組み化を進めようとすると、膨大な調整コストがかかる

私も前職のコンサル時代に、当事者意識が高い方々が活き活きと働く、ベンチャー気質の強い企業にお世話になったことがあります。

そこでは、同じ営業部なのにも関わらず、部門Aは「受注ベース、商談単位」で数字を追っており、部門でBは「売上ベース、商品単位」で数字を追っていました。

部門ごとには最適化されていても、経営者の視点で見ると、受注ベースで報告が上がってきたり、売上ベースで報告が上がってきたりするわけですね。

そうなると経営者も、「受注ベースか売上ベース。商談単位か商品単位。どっちかに統一してくれ」と指示を出すわけですが、中々部門AとBの方々が「うん」と言ってくれない。

…こんな悶々としたやり取りが繰り返されていました。

「顧客の特性が違うんだ」「我々の現場は違うんだ」という声をよく聞きますが、整理してみると、実はそうでもないことが多々あります。

つい「自分は特別だ」と思いがちですが、傍から見ると「特別でも何でもない」ことって多いですよね。

こんな風に内輪で揉めている時間があれば、その時間は顧客のために使うべきです。

至極当然のように聞こえますが、組織の中にいると中々気づけないものです。

④理想郷

次の2点の条件を満たすと、ついに理想郷に辿り着くことができます。

  • 統制が取れている組織の中で…
  • 自分から抱いた当事者意識で働いている

こうした組織では、誰がどんな役割や領域を担っているかがハッキリしていて、何かの判断に必要な情報がオープンになっています。

ですので、何か新しいことをやりたいときに、「組織全体で何が行われていて、誰に何を聞けば動けるか」が一目瞭然です。

また、メンバー一人ひとりの当事者意識が高いので、各々が自分がやりたいことを自発的に「組織全体との整合性を取ったうえで、自分の担当領域内」で進めてくれます。

したがって、マネジメントの管理コストも最小化されます。

理想郷に辿り着くためには…

左側から右側への移行は難しい?

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左側の「他人から持たされた当事者意識で動く組織」を、右側の「自分から抱く当事者意識で動く組織」に移行させるためには、次のようなアクションを取る必要があります。

  • 自社が提供している業務やサービスにフィットした(≒愛着を持った)人材を採用し直す
  • 自社のミッション/ビジョン/バリューをワクワクするものに変えて、組織文化として浸透し直す

…これらは、人材マネジメントの枠組みの中でも「ソフト面(カルチャーや価値観などのフワッとしたもの)」にあたる部分なので、変えるのに相当な時間と労力を要します。

右下から右上への移行は現実的

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一方で、自分から抱く当事者意識で働く人が多い組織の場合は、理想郷にはあと一歩。次のアクションを取る必要があります。

  • 自組織の業務や必要な役割の全体像を一覧化しておく
  • メンバー一人ひとりの役割や担当領域を明文化し、タイムリーにメンテナンスしておく
  • 組織内の情報を整理した状態でオープンにしておく

…これらも一筋縄ではいかないものばかりですが、人材マネジメントの枠組みの中でも「ハード面(制度や仕組み面など、導入すれば効果創出のスピードが早いもの)」にあたる部分なので、十分に現実的といえるでしょう。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

本質をハッキリさせるために、議論をかなり単純化しているので、ディティール部分は引き続き検討する必要があると思っています。

今回の記事が、賛否両論を生んで、何らかの議論のたたき台になれば、この上なく幸せに思います。

  • この記事を書いた人

Yusuke Motoyama

外資系コンサルティング会社を経て、経営大学院に勤務。年間300冊読むなかで、絶対にオススメできる本だけを厳選して紹介します。著書『投資としての読書』。 Books&Apps(https://blog.tinect.jp/)にもたまに寄稿しています。Amazonアソシエイトプログラム参加中。 執筆など仕事のご依頼は、問い合わせフォームにてご連絡ください。

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