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積読は減らすべきなのか?

(画像出典:https://unsplash.com/ja)

「最近、積読が増えてきたんだよね~」

積読。この言葉は、マイナスイメージで使用されるシーンが多い。

積読を増やすこと=NG

積読を減らすこと=OK

みたいなニュアンスで語られやすい。


しかし、本当に積読は減らさなくてはいけないのか?

この論点を解いてみたい。

積読が発生するメカニズム

積読について議論するためにも、まずは「なぜ積読が生じるのか」を考える必要がある。

このカラクリは単純だ。


買った冊数>読んだ冊数


この不等号を満たしたとき、積読が発生する。

このカラクリを踏まえると、積読の良し悪しを議論するためには、①本を買いすぎるのは悪か?、②読んだ冊数が追い付かないのは悪か?、この2点を考えればよい。

①本を買いすぎるのは悪か?

この1点目の論点は、本を買うときのスタンスで意見が分かれるだろう。

迷ったら買え派 vs 迷ったら買うな派

これは「良い悪い」の話ではなく「好き嫌い」の話だ。

友人づきあいで「広く浅く派」と「狭く深く派」があるのと一緒である。

ちなみに私は「狭く深く派」筆頭である。

たまに「広く浅く派」のスタンスを押し売りされるシーンに出くわすが、そのときは全力でスルーするようにしている。

そういう人は、好き嫌いの問題を「良し悪しの議論」に持ち込もうとするから、議論が成立しない。スルーするが吉だ。

迷ったら買え派

「迷ったら買え派」は、本との一期一会の出会いを大切にする流派である。

買うか迷った本と出会ったときに、「もし買い損なって、目の前のチャンスを逃してしまったらどうしよう・・・」という不安が強い場合は、本を買わなかったことへの後悔で頭がいっぱいになる。

そんなことに頭を悩ますくらいなら、買うか迷った本はとりあえず買ってみる。

これが、迷ったら買う派の言い分だ。

迷ったら買うな派

一方の「迷ったら買うな派」は、機会費用を生まないよう、限られた時間を大切に使いたいと考えている。

というのも、本を読むのにかかる費用は想像以上に大きい。

本を読むのにかかる費用=(本の値段+読了時間×1時間あたり機会費用)×読んだ冊数

この費用を最小化するためには、必要性の高い本のみ買わなくてはならない。

買うかどうか迷う本は買わない。100%読みたいと思える本だけを選んで買う。

これが、迷ったら買うな派の言い分だ。

ちなみに私は・・・

ここで、私自身の話を挟みたい。(興味がない人は、次のパートを読み進めていただきたい)

私は、「迷ったら買うな派」だ。

しかし、「迷ったら買わない」と思っていても、月20冊は本を買ってしまう。

はたから見れば、「迷ったら買え派」に見えるかもしれない。


しかも、あろうことか、断固たる決意で本を買ったにもかかわらず、翌日になると熱が冷めることがある。

買うだけ買って満足して、そのまま読まずに積読コーナーの仲間入りを果たしてしまう。

例えば、新卒時代に外資コンサルになった勢いで、500ページ越えのファイナンスの本を購入した。鈍器として成立するくらいの重みだった。

買ったはいいものの、数ページ読んで絶望した。

何を言っているか全然わからなかった。WACCという新単語や、βというもはやアルファベットですらない文字が登場して、完膚なきまでにボコボコにされ、そのまま5年間くらい本棚に眠ったままになっていた。

しかし、MBAに通うになって、再びそのファイナンス本と向かいハメに。

今となっては、その本も、MBA時代を共に戦いぬいた心の友である。金融のバックグラウンドゼロの状態で、MBAのファイナンス最難関の科目を受講。同じ受講者には公認会計士や銀行員など、業界のプロフェッショナルが勢ぞろい。そんななか、この鈍器本を片手に挑み、そのクラスで1位の成績をとることができた。本の力は偉大だ。

くだらない話はさておき、こんな感じで、駄本だと思っていた本が、5年ごしとか10年ごしに意中の本だと気づくことがある。人間関係においても、高校時代に付き合っていた人と何年後かの同窓会で再開して復縁するとか、昔は喋ってこともない奴と10年後の親友になるケースだってある。

本もまったく一緒で、出会った直後は別れてしまったけど、その何年後かに「積読との運命の再開」が待っているかもしれない。

そういった偶然も含めて楽しむのが読書ではないだろうか。


・・・と、かなり「積読推奨派」に肩入れしすぎたが、「迷ったら買え派」や「迷ったら買うな派」がいたり、私のように「迷ったら買うな」を貫いてもなお大量に積読してしまう人もいる。

繰り返すが、これは「好き嫌いの問題」であって「良し悪しの問題」である。

大事なのは、周りの「迷ったら買うべきだよ」とか「迷ったら買わないべきだよ」みたいな「べき論」に惑わされることなく、自分の価値観にあったスタンスを取ることじゃないだろうか。

②読んだ冊数が追いつかないのは悪か?

おっと忘れるところだった。2つ目の論点がこれである。

ここまで読んでいただくと、もうお気づきかと思うが、これも「良し悪し」の議論ではなく「好き嫌い」の議論である。(じゃあ、~は悪か?みたいなタイトルにするなよ!と怒号が飛んできそう)


ちなみに、この好き嫌いは「速読派vs熟読派」で意見が分かれそうだ。

「速読を極めて、積読をなくせー」って本もあるし、そのまったく逆もある。

ちなみに私は、速読と熟読を都合よく使い分けている。


速読を使うのは、「読む本の前提知識」を持っているときである。

前提知識を持っていればいるほど、読まなくても想像がつく範囲が広くなるため、速読でも理解しやすい。例えば、文章術の本を3冊読んでいれば、4冊目以降は読まなくても予想がつくため、ページを多少とばしても理解可能だ。


一方で、web3みたいに、前提知識をあんまり持っていない本は熟読するようにしている。

「あー、web3を理解するにはブロックチェーンを知らんといけんね」と、1つひとつ芋づる式で調べながら読み進めていくと、自然と本を読むのにも時間がかかる。


あるいは、「余白率」の多さによって、速読か熟読か使い分ける方法もある。

余白率とは、本にどれだけ解釈の余地があるか、筆者と対話するスペースが用意されているかを意味する。

例えば「〇〇の100の技術」みたいな超具体的How本は、あまり解釈の余地はない。解釈にかける時間があるなら、その時間をさっさと実行に当てたほうがいい。

逆に余白率が高い本、例えば『ローマン人の物語』『サピエンス全史』などは、解釈の余地が無限大に広がっている。「なぜ2000年も前に、古代ローマは江戸時代レベルの生活水準を実現していたのか?」「あ、鍵はオープン化か」など、考えたい問いに山ほど出くわす。本を読んでいて、考え込みたい問いと出会ったときは、いったん本を傍らにおいて、その問いと向き合ってみるのもいいだろう。

まとめ

さて、冒頭の問いに戻ろう。

「積読は減らすべきなのか?」

答えは、どうぞ好きにしてください。


積読を減らすべきかを考えるために、①本を買いすぎるのは悪か?、②読んだ冊数が追い付かないのは悪か?、の2点を考えてきたが・・・

そもそも、この問いの立て方がイケていないことがわかった。

なぜなら、これらの問いはいずれも「良し悪しの問題」ではなく「好き嫌いの問題」だからである。

好き嫌いの話について、客観的に白黒つけることはできない。

しかし、周りと話をしていると、好き嫌いの話なのに、良し悪しを決めたがるシーンに本当にたくさん出くわす。

「いやいや、これ好き嫌いの話でしょ。押し付けないでくれよ」と思う瞬間が多々あったので、そのモヤモヤをクリアにする意味で、この記事に吐き出してみた。

※より詳細な内容は、拙著『投資としての読書』に記載しております。

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  • この記事を書いた人

Yusuke Motoyama

外資系コンサルティング会社を経て、経営大学院に勤務。年間300冊読むなかで、絶対にオススメできる本だけを厳選して紹介します。著書『投資としての読書』。 Books&Apps(https://blog.tinect.jp/)にもたまに寄稿しています。 執筆など仕事のご依頼は、問い合わせフォームにてご連絡ください。

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