BIZPERA(ビズペラ)-ビジネス書評はペライチで

外資系コンサルティング会社を経て、経営大学院に勤務。地元九州への隠居を細々と構想中。書評?感想?読書日記をロジカルに書いていきます。夢は大きく、「ビジネス書コンシェルジュ」になれるよう、頑張ります。

その「わかりやすさ」、大丈夫ですか?『わかりやすさの罠』池上 彰

f:id:logichan:20190328172744j:plain

この本で解ける疑問は?

  • 「わかりやすい」ニュースや記事の注意点は?
  • どうして「わかりやすさの罠」に陥ってしまうの?
  • 「わかりやすさの罠」にかからない、情報収集術とは?

 

『わかりやすさの罠』って?

自戒の意を込めて。

これが、本書を手に取った理由です。

本ブログの目的は「本を買う決断をスムーズにすること」です。

そのためにも、一目ですぐに本を買う決断に必要な情報を読者に提供したい。
なので、「わかりやすさ」と「シンプルさ」を「ペライチ」という形式で追及しています。

ところで、「わかりやすさ」を追求する上で欠かせないことは何でしょうか?

その一つは「シンプルさ」でしょう。

しかし、「シンプルさ」は危険と背中合わせ。

シンプルにするためには、言葉を言い換えたり、情報を取捨選択したりします。

その「言い換え」や「取捨選択」の過程で、事実を歪めてしまう可能性がある。

そんなことが無いよう、「わかりやすさの罠は、どこにあるのか?」を知り、考えようと思い、本書を読んでみました。

-Why-なぜ書かれたのか?

本書の序章「「わかりやすさ」への疑問」では、次のように述べられています。

「わかりやすさ」の罠にはまらないようにするためには、やはり私たち社会を構成するひとりひとりが、「知る力」をもっと鍛えなければなりません。

特に今の時代は、従来のメディアにとどまらず、インターネット(ネット)という広大な情報の海が私たちを呑み込もうとしています。玉石混淆の言説が飛び交い、とんでもないフェイクニュースや「ポスト・トゥルース(脱・真実)」でさえ、またたくまに広がっていく中、「何を信じればいいのか、わかりません」という声も聞こえてきそうです。「知る力」を鍛えろと言われても、そんな中でどうすればいいのかと、途方にくれる人もいるでしょう。そこで、本書では「わかりやすさ」の罠に気づくためのヒントや、私なりの「知る力」の鍛え方をじっくりお伝えしようと考えます。(45ページ)

つまり、「わかりやすさの罠に気づき、情報を正しく取捨選択する方法を伝えること」が本書の目的といえます。

-What-なにをすべきか?

「わかりやすさの罠」とは?

まず優先的にやらないといけないことは、「わかりやすさの罠」その正体に迫ることでしょう。

今回は「わかりやすさの罠」の構造を「ペライチ」に整理しました。
図1をご覧ください。

f:id:logichan:20190328180051p:plain

図1

「わかりやすさの罠」について、本書は次のように述べています。

「罠」とはつまり、「わかったつもり」になってしまうということです。たとえば、特にここ数年、「池上さんの番組で十分わかったから、もうそれ以上のことはいいよ」という声をよく聞くようになりました。つまり、私の番組だけ見て満足してしまい、その後、自分で関心を持ってニュースを見たり、新聞を読んだり、調べようというところまでいかずに、「わかった」気になってしまっているのです。(22ページ)

「わかりやすさの罠」とは、「わかったつもり」になってしまうこと、を指すそうです。

なぜ「わかりやすさの罠」にハマってしまうのか?

では、なぜ我々は「わかりやすさの罠」にハマってしまうのか。
これには、「読み手側」「伝え手側」双方に問題があるそうです。

まず、「読み手側」について。

これは、先述の22ページの引用にもあった通り、こう言えます。

ただ聞いて覚えるだけで終わってしまい、「考え、判断」はしないため、「知る力」が身につかないから。

「知る力」つまり「罠を発見する力」が無ければ、何度も罠にハマってしまいます。

いや、「そもそも、罠にハマっている自覚すら持つことができない」かもしれません。

こうなれば、騙し手にとっては「恰好の的」と言えるでしょう。
(我々にとっての最大の騙し手は誰か?ここでは明言しませんが、お察しの通りです)

 

次に、「伝え手側」について。
筆者は「わかりやすいメディア」の代表として「テレビ」を例に説明しています。

これはいくつかあります。

まず、次の3つが挙げられます。

  • 何が本質かわからないまま「ざっくり言うと」を使ってしまう
  • 複雑に絡み合った事象を、無理やり「わかりやすい構図」に歪めてしまう
  • テレビに出る話し手は「わかりやすさ」「おもしろさ」優先で選ばれている

なぜ、こうまでして「わかりやすさ」を追い求めるのか。

それは、視聴率を取りに行こうとしているからです。
この視聴率こそが、収入源であり、放送局のエネルギー源でもあります。

他にも、伝え手の力不足が要因となっているものもあります。

それが〇〇新聞によりますと~」です。

報道が関わっているニュース番組では、「〇〇新聞」に頼らなくても、自分たちの取材を基にニュースを伝えることができるわけです。

しかし、そうでないニュース番組では、自分たちだけでは十分な取材をせず、ニュースのことをよくわかっていないスタッフがつくっているケースもあります。

-How-どのようにすべきか?

以上の「わかりやすさの罠」を踏まえたうえで、玉石混淆の情報の中から、真実を見抜くためには、どのような情報収集術が必要なのでしょうか?

これについては、本書にも書いてあるわけですが、内容的には同氏による『見通す力』のほうがより体系的に詳しく説明してあります。

わかりやすさの罠』にある情報収集術のほとんどは、『見通す力』に内包されています。

内容を「パラ読み」されたい方は、こちらの記事も是非読んでみてください。

「単にそれ、自分のブログ記事読んでほしいだけじゃないの?」

「これもまた、わかりやすさの罠なんじゃないの?」

…と疑われた方は、是非、本書を読んでみてください。

個人的に、第四章「「わかりやすさ」のその先へ」に書かれている、池上氏の実体験に基づいたノウハウが印象的でした。

 

学び

本ビジネス書を通して、次の学びを得ました。

本質を特定すれば、「わかりやすさの罠」は迂回できる

本書は主に「読み手」として、「わかりやすさの罠とどう向き合うか」が書かれていました。

なので、ここでは、「伝え手の力量不足」について考えてみようと思います。
私自身が、読者のみなさんを「わかりやすさの罠」にミスリードしないために、です。

まずは、向かうべき課題を特定してみます。
先述の池上氏の指摘をそのまま引用しますと、

  • 何が本質かわからないまま「ざっくり言うと」を使ってしまう
  • 複雑に絡み合った事象を、無理やり「わかりやすい構図」に歪めてしまう
  • テレビに出る話し手は「わかりやすさ」「おもしろさ」優先で選ばれている

3つ目は、本ブログには関係ないので、検討対象外とします。

1つ目と2つ目ですが、要は「何が本質かをわかったうえで、シンプル化」すればいいわけですよね。

つまり「何が本質かを特定すること」が最優先課題と言えます。
ここだけは、絶対に外してはいけません。

「…そんなの当たり前だろ」という声が飛んできそうですね。
すでに私の耳にも聞こえてます。

では、どうやって「何が本質かを特定」すればよいのでしょうか?

本質を特定するためには、「本質観取」を極める

これに単純明快な「正解」はありませんが、1つ方法が挙げられます。

それが、先日ご紹介した『はじめての哲学的思考』にあった「本質観取」という方法です。

この中でもすぐに実践できるものを1つ挙げるとすれば、「捨てれると断言できるかどうか」を考えることだと思います。

例えば、「恋」の本質を考える際は、

  • その特徴が無ければ、恋とは呼べない
    →残す
  • その特徴が無くても、恋と呼べる
    →捨てる

…のように、「情報を捨てるかどうか」を判断していきます。

「捨てて良いかグレー」

…これは、捨てるべきかどうか、自分の中で白黒はっきりするまで、考え抜くクセをつけたほうがいいでしょう。

「考えてもわかんないから、捨てちゃえ」

「捨てたほうが都合がいいし説明しやすいから、捨てちゃえ」

…これは絶対にアウトですね。

こういう努力を惜しまずにやっていけば、自ずと「わかりやすさの罠」は迂回できるようになると思います。

改めまして、自戒の意を込めて。

明日から取れるアクション1つ

  • ブログのセルフチェック用に、自分でも「わかりやすさの罠チェックリスト」を作ってみる